おさんぽで、首がしまることは、もうない。
自ら手織りした布を用い、わんちゃんの心と体に負担をかけにくい形のハーネスをオーダーメイドで製作しています。 のんびりゆったりおさんぽできる3mリードもおすすめです。

アリストテレス先生


聖書に引き続き、アリストテレスの登場です!

といっても、結局HPでは両方ともカットしてしまいました。
文章をまとめるのって難しいです…(涙)。

引用なしになりますが、アリストテレス『政治学』雑感です。


これを読んで、自分を「人間」の位置に置ける人間はすごい!
わたしは女であるだけで、アリストテレスのいう「人間」ではそもそもないのだけれど、たとえ男であったとしても自分が「人間」の基準にかなっているとは思えないです。

「他人のものになれる人間」は「奴隷」である、とアリストテレスは言っています。
わたしには、他人の価値観、判断、そういったものを無批判に受け入れられる人間はすべて「奴隷」である、という風に読めました。
何が正しく、何が善く、何が美しいか、それを実現するために何をなすべきか、常に問い続けることによってしか「人間」(自由人)ではいられないようです。

えー、そう言われますと、残念ながらわたしは「奴隷」です…。

アリストテレスは聖書と並び「人間中心主義」の元祖のように捉えられていることが多いですが、そして確かに「人間中心主義」ではあると思うのですが、彼の言う「人間」の範囲はわたしたちが思う「人間」の範囲よりもずっと狭いと思う。
彼の「人間中心主義」は、「人間」であることに対する厳しさによって成り立っているように思いました。
人間として生まれても、漠然と生きているだけでは「人間」足り得ないのです。

自分を顧みることなく、ある意味無邪気に、当然のこととして自分を「人間」にカウントしてしまうのは、そしてアリストテレスの論に無批判に乗っかる形で「人間中心主義」的世界観を持ってしまうのは、かえって自分が「人間」でないことを告白しているようなものではないでしょうか。
考え抜いた結果、自分は「人間」だ!という結論に達した人もいると思うので、一概には言えませんが。うーん。

アリストテレスだけでなく、愛するプラトン先生も「人間」に厳しいんですよね。
読んでいてガーンとなってしまうこともありますが、ギリシア哲学の持つ厳しさがわたしは大好きです!
皆さんも是非一度読んでみてください。
『政治学』でももちろんいいですし、最初に読むならおすすめはプラトン『プロタゴラス』かな?
やみつきになる方もきっといると思います~!(仲間募集中)


手織り 手作り オーダーメイド 犬にやさしいハーネスのお店 Yarn Yawn (ヤーン ヨーン)
わんちゃんの心と体にやさしいオーダーメイドハーネスと、のんびりゆったりおさんぽできる3mリードを、ひとつずつ手作りで製作しています。ご注文・ご質問など、なんでもお気軽にご連絡ください。
Contact : itoakubi@gmail.comまたはMail form